(連載)「インドネシアの生活風景」(24)

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(24)インドネシアのお産婆さん  (Lily Fatma)

 日本ではもう助産婦(昔はお産婆さんといっていたようですね)という職業はないかもしれませんが、こちらでは特にまだ地方などに行くと、まだ残っています。大きな都市や町では大病院があって産婦人科の医者や医学的な証書を持っている助産婦がたくさんいますが、ちょっと田舎に行くとまだまだ足りません。そこで免許を所有している助産婦の代わりに経験だけを頼りにしている助産婦さんが活躍します。

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 この助産婦さんたちは代々受け継いできた人が多いです。彼女達は医学免許は持っていませんが、経験が豊かで過去に何人もの妊婦の出産の手助けをしています。一般的に彼女たちの娘をいつもアシスタントとして住民の家に連れて行きます。いつも母親の作業を観察しているから、彼女たちも自然に出産の過程を覚えていきます。

 これらの助産婦たちは医学的な器具や科学薬品は使用しません。妊娠中の女性を診るのも簡単な器具とあとは昔から多くのインドネシア人が飲んでいるジャム(薬草や料理に使うための植物や根を病気回復や体力増進のために作られた伝統的な漢方薬)を妊婦に与えます。また出産がスムーズに行くようお腹をマッサージしたりします。胎児の位置が正常でない場合もマッサージで正常に戻すこともできます。

 妊娠初期は出産のために体力をつけるためにジャムを飲むようアドバイスします。また出産時も助産婦は妊婦のお腹をマッサージして赤ちゃんが出やすいように努力します。
無事に出産が終わったら、生まれた赤ちゃんの世話も助産婦の仕事です。そしてへその緒が取れるまで、赤ちゃんの体を清めるのも彼女が行います。

 もちろん出産後も助産婦はたびたび家に出向いて産後の経過が良いかどうか診に来ます。

 これまでは、彼女達は医学的な免許は所有していませんでしたが、最近になってインドネシア政府は助産婦達に衛生管理や清潔を保つための教育を施すプログラムを作りました。
こちらはまだまだ医者や助産婦の数が少ないので、彼女達助産婦の存在はとても大きいです。

 

 

著:Lily Fatma (リリー・ファッマ)
 逗子生まれ。父親はインドネシアの北スマトラ出身、母親は日本人で横浜生まれ。小学校と中学校は日本の教育を受け、その間も外交官の父についてインドネシアと日本を往復。高校在学中に在日インドネシア大使館を退職した父について帰国。現在はメダンで高校生、大学生、一般の人に日本語を、そして日本人にはインドネシア語を教えている。

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