インラック首相の失職

まとめ (2015年5月5日)

 

タイの憲法裁判所は2014年5月7日、2011年のインラック首相の行った政府高官人事が「親族を利する行為で権力乱用」にあたるとし、違憲判決を下した。この結果、インラック首相が失職した。また当時この人事を閣議決定で承認したスラポン外相やキティラット財務相ら閣僚9人も失職した。

人事に関与しなかった24人の閣僚は残り、タクシン元首相派の与党・タイ貢献党主導の選挙管理内閣は存続する。政府はニワットタムロン副首相兼商業相が首相代行に就任すると発表した。現政権は選挙管理内閣として、7月の総選挙の実施を目指す。
 
 憲法裁判所は歴史的にタクシン元首相の政治力を繰り返し封じてきた背景があり、一部の有識者からは今回の決定を反タクシン派の保守層の意向をくむ“司法クーデター”との見方もでている。

また、内閣総辞職と暫定政府樹立を求めてきて反政府デモ隊にとっても今回の結果は期待したものではない

5月8日、国家汚職追放委員会(NACC)は、インラック政権発足直後の2011年8月に導入したコメの高値買い上げ政策「コメ担保融資制度」で、政府に多額な損失を与えたうえ、閣僚らの汚職疑惑に関する警告を無視したとしてインラック首相を職務怠慢と職権乱用の疑いで告発することを発表した。今後上院にて5分の3以上が賛成すれば弾劾される。インラック氏の弾劾が決まれば、公民権が5年間停止され、選挙には出馬できなくなる。

問題となった2011年9月の高官人事

2011年8月にインラック政権が誕生した直後に、インラック氏が親族を国家警察長官に据え、その職にあった国家安全保障会議の事務局長を首相顧問に異動させた人事。

憲法裁判所について

 1997年制定の憲法下で設置された。同憲法は「タイ史上で最も民主的」とされ、軍部が介入できる度合いを薄め、首相の地位の強化や大政党を生み出しやすい小選挙区制の導入を柱としている。その一方、首相や与党を監視する目的で、憲法裁判所に政党への解党命令や議員への公民権の停止処分を出す強い権限を持たせた。
2006年の軍事クーデターでタクシン元首相が追放された後の2007年憲法では、首相の権限を制約する内容に後退したが、憲法裁判所の権限は残り、強力な政権登場を防ぐため、権力乱用の監視に重点が置かれた。憲法裁判所は検察が起訴しなくても、政党や個人による提訴を受け付け、審査できる。

 憲法裁判所の9人の判事は、150人からなる上院が国王に助言され任命される。憲法裁判所は、内閣に対して「政策の合憲性審査」「閣僚の資格判断」を行い、国会に対しても「法律の合憲性、議員、候補者の資格判断」を行う。また、上院議員の任命73人は他の司法機関と共に憲法裁判所が選出する。

選挙管理内閣について

 タイの憲法で選挙管理内閣には予算編成、外国との条約締結など重要な政策を決める権限を認めていない。ただし緊急案件に限って、選挙管理委員会の承認を条件に、執行の権限を与えている。

「赤シャツ隊」と「黄シャツ隊」

「赤シャツ隊」・・・「反独裁民主戦線」(タクシン派の市民団体)
タクシン元首相の支持者が中心となっている。タイの国旗の中にある国民の団結心と国家を表す赤をシンボルカラーにしている。

「黄シャツ隊」・・・「民主市民連合」(反タクシン派の市民団体)
主に都市住民の中流および上流階層、官僚、軍、司法などから支持されている。タイでは曜日ごとに色があるが、プミポン国王の誕生日が月曜日であることから、「王室を擁護する」ことを主張して月曜日の黄色をシンボルカラーにしている。

経緯 (タクシン政権失脚軍事クーデターからインラック首相失職まで)

2006919

軍事クーデター。タクシン元首相失脚。

20075

憲法裁判所がタクシン派のタイ愛国党に選挙違反で解党命令。

200812

憲法裁判所がタクシン派の国民の力党など与党3党に選挙違反を理由に解党命令

201188

インラック(タクシン元首相の妹)政権発足

20119

国家安全保障会議(NSC)の幹部更迭人事(親族登用)

201310月末

インラック首相の兄であるタクシン元首相の影響力排除を求める勢力がバンコクでデモを開始

2013111

タクシン元首相を対象に含む恩赦法案が下院で強硬採決可決。反政府デモ激化

201311

憲法裁判所は、タイ貢献党が主導した上院議員の選出方法変更は違憲と判断

2013129

インラック首相 下院を解散。選挙管理内閣に。201422日の総選挙実施を決定

2014113

反政府デモ隊が主要道路を占拠する「バンコク封鎖」を開始。3月上旬まで続く

20141

憲法裁判所は、タイ貢献党が主導した内閣の外交交渉権の強化は違憲と判断

201422

総選挙を実施したが一部の選挙区で選挙妨害のため投票できず

20143

不当な人事であったと認め、最高行政裁判所は更迭された幹部の復職を命令。これを受けて一部の上院議員が連名で、憲法裁判所に首相の責任追及を求めた

2014312

憲法裁判所は、タイ貢献党が主導したインフラ投資のための借り入れ方案は違憲と判断

2014321

憲法裁判所が総選挙無効の判決

201442

インラック首相の高官人事を巡り、上院議員らの違憲の訴えを憲法裁判所が受理

201457

憲法裁判所は2011年の国家安全保障会議の幹部人事について首相や一部閣僚に対して違憲判決。失職