◇南シナ海を巡るASEANと中国の領有権争い

※情報については適時更新

「南シナ海問題」とは

 

 南シナ海(South China Sea)は、東シナ海の南西に位置し、中国、台湾、フィリピン、マレーシア、ブルネイ、インドネシア、ベトナムなどの国や地域に囲まれた海で、北から「スカボロー諸島」、「西沙諸島(パラセル諸島)」、「南沙諸島(スプラトリー諸島)」がある。

 以下の理由により南シナ海をとりまく各国がその領有権を主張している。

1.豊富な原油と天然ガス
  ※米エネルギー情報局(EIA)によるとこの地域に
   原油やメキシコと同じ規模、天然ガスはロシアを
   除く欧州より多くあると言われている。

2.周辺ににらみをきかすための軍隊の配置

 また、インドネシアの沖合にある「ナトゥナ諸島」も、インドネシアの排他的経済水域(EEZ)でありながら、中国が「中国の伝統的な漁場」と主張するなど両国の対立が表面化している。

 この地域は、この周辺の海は日本に原油を運ぶルートでもあるため、日本にとっても大切な地域となっている。

 中国が埋め立てを始めたのは2014年初めごろ。米国防省によると、2014年末に約2平方キロメートルだった「人口群島」の面積が、2015年5月上旬までに約4倍の面積となった。これは東京ドーム約170個分の広さで、中国は埋め立ては2015年7月時点ですでに完了したと発表している。

 

○スカボロー諸島

・2012年から中国が実質支配
・中国、台湾、フィリピンが自国領土であることを主張

○西沙(パラセル)諸島

・1974年に中国と南ベトナム(当時)が衝突
・2013年から中国が埋め立てを始める
・中国、台湾、ベトナムが自国領土であることを主張

○南沙(スプラトリー)諸島

・1988年に中国とベトナムが衝突
・2013年から中国が大規模な埋め立てを始める
・中国、台湾、ベトナム、フィリピン、マレーシア、ブルネイが自国領土であることを主張

○ナトゥナ諸島

・インドネシアの排他的経済水域(EEZ)
・中国が「伝統的な漁場」と主張している
・中国の主張する「九段線」が、排他的経済水域(EEZ)と重複

南シナ海問題(地図)

 

 

 

 

 

南沙(スプラトリー)諸島の中国による実効支配

○中国の人工島建設による実効支配状況

岩礁名 中国による建設状況
スービ礁 3000m級滑走路、通信設備、灯台建設
ガベン礁 レーダー施設、ヘリポート建設
ミスチーフ礁 3000m級滑走路、通信設備、灯台建設
ケナン/ヒューズ礁 レーダー施設、9階建てビル建設
ジョンソン南礁 レーダー施設、6階建てビル、灯台建設
クアテロン礁 レーダー施設、ヘリポート、灯台建設
ファイアリー・クロス礁 3000m級滑走路、海洋観測所、灯台建設

南沙(スプラトリー)諸島

フィリピンによる仲裁裁判所への提訴

 

 南シナ海で人口島を建設し領有権を主張する中国の活動を対象に、フィリピンは2013年1月22日、国連海洋法条約に基づく仲裁手続きとして、フィリピンの主張として仲裁裁判所(オランダ・ハーグ)に提訴した。それ以降の動きは以下のとおり。(出典:日本国外務省)

(1)2013年1月22日、フィリピンは、南シナ海をめぐる中国と同国との間の紛争に関し、政治的・外交的解決努力を既に尽くしたとして、国連海洋法条約に基づく仲裁手続を開始した(中国側にその旨通告)。

(2)2013年7月11日,仲裁裁判所は第1回会合を行い,同年8月27日,同裁判所は,フィリピン政府が自らの主張について述べる文書(申述書)を提出する期限を2014年3月30日に定める手続命令を発出したことを対外公表した。なお,同裁判所の裁判事務は,ハーグ(オランダ)の常設仲裁裁判所が担うこととされた。

(3)2014年3月30日,フィリピン政府は、申述書を仲裁裁判所に提出した。

(4)2015年10月29日、中国が出席しなくても審理を開始することを仲裁裁判所が決定。(

 

 フィリピンが仲裁裁判所に訴えたのは15件、そのうち7件が2015年10月に審理開始となった。その主なものは以下のとおり。

  1. 南シナ海のほぼ全域を囲いk無「九段線」の主張は国連海洋法条約に違反する
  2. スプラトリー諸島の7つの人工島をはじめ、中国が実効支配する各礁は、同条約が定める満潮期に水没する「低潮高地」にあたり「領海」や「EEZ」を有しない
  3. 公船の運用や環境保護で中国は同条約で定める義務に違反

など

〔関連〕

フィリピンの仲裁裁判所への15の訴え

 

○南シナ海を巡るフィリピン提訴後の動き

2013年1月

・フィリピンが仲裁裁判所に提訴

2014年5月

・パラセル諸島周辺で中国が石油掘削。中国船とベトナム船が衝突

2014年11月

・国際軍事情報会社が、ファイアリー・クロス礁で、中国が滑走路を建設している可能性があると発表

2015年6月

・中国当局が、スプラトリー諸島の岩礁埋め立ての「工程が完了した」と発表

2015年7月

・中国は、フィリピンの申し立ては国際法違反だとして、7月7日から始まった仲裁裁判所の口頭弁論への参加を拒否

2015年9月

・米中首脳会議で、オバマ大統領が、中国の活動に「重大な懸念」を表明。習金平国家主席は「軍事化の意図はない」と反論

2015年10月

・米軍駆逐艦が「航行の自由作戦」を開始
・仲裁裁判所がフィリピンの訴えについて審理開始を決定

2016年7月12日

・仲裁裁判所が判決

 

 

仲裁裁判所による審理

 

 「国連海洋法条約(UNCLOS)」の定める紛争解決手続きのひとつとして仲裁裁判所による審理がある。両当事国が同一の裁判所を受け入れていない場合でも提訴できるため、フィリピンは仲裁裁判所への提訴を行った。

 中国はこの提訴を受け入れていないが、条約では被告不在でも手続きを続けることができるため、ガーナ、フランス、ポーランド、オランダ、ドイツからそれぞれ1人、計5人の仲裁人(裁判官)が選ばれ審理されている。

 この5人は、通常当事国が指定するが、今回は中国が裁判に参加しなかったため、1人はフィリピンが選び残りの4人は当時国際海洋法裁判所長だった柳井俊二氏が選んだ。

○判決の拘束力

 国連海洋法条約によると、仲裁裁判所の判決について当事国は従う義務を負うが、判決に強制力はない。

 

 

南シナ海の重要性

 

 中国が「核心的利益」とする南シナ海は、海上交通路(シーレーン)、防衛、天然ガスなどの海洋資源確保、「一帯一路」構想などで重要な地域。

○中国にとっての南シナ海

 中国にとっては軍事的にも重要な地域で、南シナ海に面した海南省三亜に、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を搭載した原子力潜水艦を配備済みとされている。また、将来は米国をにらんだ核ミサイル搭載原潜の出撃基地になる可能性もあるという。

 また、人工島には、レーダー施設を設置し、防空識別圏(ADIZ)設定の準備も進めているとされる。西沙諸島のウッディ島にはすでに中国の地対空ミサイルが配備されているという()。

○貿易と天然資源の要所

 南シナ海は、世界の貿易商品の約4分の1が通過し、世界の原油、LNGの約3分の1から半分が通過すると言われている。

 米エネルギー情報局(EIA)は、世界流通量のうち約3割にあたる原油(日量1400万バレル)と、2分の1以上の液化天然ガス(LNG)(年間6兆立方フィート)が南シナ海を通っていると推計している。またこの地域には110億バレルの原油と、190兆立方フィートの天然ガスが埋蔵されていると推定している。

 

 日本が中東から輸入する原油も、ほぼすべての船が南シナ海を通る。もしこの航路を通れなければ、最短のう回路となるのはオーストラリアとインドネシアの間を通り、ロンボク海峡を抜けて北上するルートとなるが、この場合中東―日本の往復に約50日が必要となり、南シナ海ルートよりも6日間長くなる。結果、年間200~300億円の海運コスト増になると言われている。

 

中国の主張

 

  • 南シナ海は歴史的に中国が権利を有している(「九段線」)
  • 国連海洋法条約第298条に定められている「海洋境界画定紛争について、強制的な紛争解決手続きの適用除外になることを認める」に基づいて、2006年中国は適用除外を宣言しているため、同条約に基づき設置される仲裁裁判所には管轄権がない。
  • 「第三者による解決方法は受け入れない」
  • 「領有権問題は当事国で解決する」

米国の主張

 

 この地域は「公海」であって「領海」ではないというのが米国の主張。(注:国際法では、海岸線から12カイリ(約22キロメートル)はその上空や地下も含み、沿岸国の主権が及ぶと定められている。)

中国とベトナムの衝突

 

 中越戦争(1979年)の前後に、西沙諸島と南沙諸島の両方の海上で軍事衝突があった。

 

他国も埋め立て

 

 南沙諸島では1980年代から90年代にかけて、フィリピンやベトナム、マレーシアも支配している島に滑走路を建設していた。また、近年ベトナムが2か所で埋め立てをしていたことも明らかになっている。

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【九段線】

 

 中国がその内側に自国の主権が及ぶと主張する南シナ海の境界線。9つの破線をU字型に描いている。1947年に国民政府が引いた「十一段線」を1949年建国の中華人民共和国(中国)が踏襲した。

 公式に明確な根拠は示されていないが中国人研究者が主権が及ぶ境界線として設定されたと主張する。

 1953年に当時中国を支援したベトナムへの軍事的配慮から、トンキン湾の一部の島の領有権をベトナムに移したのを機に「九段線」に変更されたとされている。

 中国政府はこの「九段線」の正確な緯度・経度などの基本情報や、国際法上の位置づけなどについて明らかにしていない。

 中国はこの「九段線」を根拠に「(中国が)歴史的に権利を有している」と主張している。

 

【仲裁裁判所】

 

 「国連海洋法条約」で定める紛争解決手続きの一つ。両当事国が同一の裁判所を受け入れていない場合でも提訴できる。

 仲裁裁判所の法廷は、提訴を受けて当事国間で選ぶ5人の仲裁裁判官で構成される。

 事務局である常設仲裁裁判所はオランダ・ハーグにある。

 審理の結果は「award」(裁定)として書面で当事国に通知される。この「award」は「判決」に相当するものと考えられている。判決に対しては原則として上訴ができず、拘束力があると296条に明記されている。

【国連海洋法条約】

 

"United Nations Convention on the Law of the Sea"(UNCLOS)

 「国連海洋法条約」は、領海や排他的経済水域(EEZ)、大陸棚、公海、島の定義、海洋航行のルールなどを包括的に定めた国際法で10年余りの議論・交渉を経て1982年に採択され、1994年11月に発効。167ヵ国と欧州連合(EU)が加盟。(

 加盟国間で紛争が発生した場合には「平和的手段による紛争の解決」を義務づけ、調停や交渉による解決を図るとしているが、解決の道が見えない場合、当事国は以下のいずれかの紛争解決手続きを選ぶことになっている。

  1. 国際海洋法裁判所
  2. 国際司法裁判相
  3. 仲裁裁判所
  4. 特別仲裁裁判所

 今回の「南シナ海を巡る領有権問題」にケースでは、中国は1と2について強制管轄権(案件を審理し、判決を出す権利)を受け入れていないため、「両当事国が同一の裁判所を受け入れていない場合でも提訴できる」3に対してフィリピンは訴えを起こした。

○東南アジア諸国連合(ASEAN)の批准状況

国名 批准時期
インドネシア

1986年2月3日

シンガポール

1994年11月17日

タイ

2011年5月15日

フィリピン

1984年5月8日

マレーシア

1996年10月14日

ブルネイ

1996年11月5日

ベトナム

1994年7月25日

ミャンマー

1996年5月21日

ラオス

1998年6月5日

カンボジア

非加盟

 

 日本は1996年6月20日に、中国は1996年6月7日に批准している。米国は、議会の反対による批准してない。

〔参考〕

 国連海洋法条約の締結状況(平成23年6月20日現在)

○国連海洋法条約の主な条文

 

 以下、紛争解決に関する主な条文 (英語の本文はこちら“PART XV:SETTLEMENT OF DISPUTES”を参照)

○279条

 締約国は国連憲章の規定に基づき、締約国間の紛争を平和的手段によって解決する。

○283条

 条約の解釈や適用に関して締約国間に紛争が生じる場合には、紛争当事者は、交渉、その他の平和的手段による紛争の解決について速やかに意見の交換を行う。

○287条

 紛争の解決のための次の手段のうち一つまたは二つ以上の手段を自由に選択することができる。a.国際海洋法裁判所、b.国際司法裁判所、c.仲裁裁判所、d.特別仲裁裁判所

○288条

 裁判所が管轄権を有するか否かについて争いがある場合には、当該裁判所の裁判で決定する。

○296条

 決定は最終的なものとし、すべての紛争当事者はこれに従う。裁判は、紛争当事者間において、かつ当該紛争に関してのみ拘束力を有する。

○298条

 海洋協会画定紛争について、強制的な紛争解決の手続きの摘要除外にすることができる。

〔出典:読売新聞(2016年7月6日)から引用・加筆〕