(連載)「インドネシアの生活風景」   (5)小学校風景

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著:Lily Fatma (リリー・ファッマ)

 逗子生まれ。父親はインドネシアの北スマトラ出身、母親は日本人で横浜生まれ。小学校と中学校は日本の教育を受け、その間も外交官の父についてインドネシアと日本を往復。高校在学中に在日インドネシア大使館を退職した父について帰国。現在はメダンで高校生、大学生、一般の人に日本語を、そして日本人にはインドネシア語を教えている。

 

 どこの国でも小学生というのはみんな元気に溢れていますね。今回はインドネシア、北スマトラの小学生のことについてご紹介します。特に学校での活動、クラスメート同士との触れ合いなど。

○小学校(看板) ここ北スマトラ、州都メダンから約百五十キロ離れているLabuhan Batu(ラブハン・バトゥ)という小さな町にある小学校についてお話します。

 公立小学校でSD Negeri 11854という名称があります。SDはSekolah Dasar(小学校)の大文字を略したものです。

 

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一つのクラスの生徒数は男女半々で30人位です。この年生の生徒達は大部分の親の職業は農民です。あとは商人などです。

 さて、日常の学校での行事ですが、まず毎週月曜日は朝礼があります。小学生五年生か六年生が指揮をとります。みんな全員でインドネシアの国家を歌い、国旗を揚げていきます。指揮をとった生徒がインドネシアの第五原則(パンチャシラ)を唱えます。次に、校長先生のお話があります。○小学校(行列)

 話の内容は大抵生徒たちへの励まし、将来のために一生懸命勉強しなさいなど。また学校でなにか催しなどがあったら報告します。

 朝礼が終わったら、みな各クラスに並んで入っていきます。クラスのドアの前に担任の教師又は、科目担当教師が待っていて、生徒全員並んで先生の手の甲に額をつけて敬を表します。

 それからやっと授業が始まります。一日の学校での活動時間は七時半から午後一時までです。あるクラスでは生徒数が多すぎて机が足りなく、一つの机に三人も座っているのもあります。でもみんなとても明るく元気に満ちています。
 途中で休み時間が十五分ぐらいありますが、生徒たちは、男の子はビー球遊び、鬼ごっこ、女の子たちはゴムとび、おしゃべりなど、みんな元気に遊んでいます。
大きな町にありがちな小学生でも携帯電話でゲームを遊んでいる生徒はいません。

 ところで生徒たちが将来なりたい職業はまず警察官、兵隊、飛行機のパイロット、看護婦、教師などです。農業につきたいという生徒はいないようです。それがちょっと問題ですけどね。農業はインドネシアではこれから一番大事なことだと思います。
 こちらの小学校は日本みたいに給食というのはありません。自分でお弁当を持ってきたり、学校にある小さな食堂で食べたり、駄菓子やさんなどで、お菓子を買っていたりします。
 でもこの学校は一時に終わるので、みんな家に帰って食べるようです。
 学校が終わったというベルがなったら、みんな帰る仕度をします。クラスを出る前にやはり担任の先生に一人ずつ先生の手の甲に生徒の額をつけてやっとクラスを出ます。帰ってから、水を浴びて、昼ごはんを食べたり、宿題があればそれをさきにします。それから親のお手伝いをしたりします。午後は生徒たちの住んでいる場所によりますが、川が近くにある子は泳いだり、畑に行って遊んでいます。

インドネシアの将来を担う子供たちを応援してくださいね!○小学校(クラス)

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