(連載)「インドネシアの生活風景」(25)

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(25)流しのお兄さん  (Lily Fatma)

 インドネシアでは、夜間歩道などに出している小さな食堂、簡素なレストランなどに入って、何曲か歌って、お金を稼いでいる若い人たちがたくさんいます。日本では流しと言っているんでしょうか。今回はその流しのお兄さんたちのことについてお話します。

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 ここは夕刻になると歩道にいくつかの屋台のお店が出てくるスティア・ブディ通りというメダンでも最も賑やかな通りです。Lily-san 25-01
 ここでは一つの屋根の下にいくつかの食べ物売り屋さんが店を出してます。
 西スマトラのミナン民族の料理、サテ・パダン(鶏肉、牛肉、牛のタン、ヤギ、内臓などのヤキトリ)や、中国風のシュウマイに似たようなもの(ディム・スム)、その他色々な料理屋さんが集まっています。
 私が晩御飯を食べに行ったとき、ちょうど何人かの流しのお兄さんがテーブルの近くに来て何曲か歌いました。最初は二人連れの男性の流し。一人はギター演奏。曲は今流行っているポップの歌。

Lily-san 25-02 歌が終わってから、ちょっと話を聞かせてくださいといったら、快く承諾してくれました。外見はパンク風のスタイルで、ちょっと怖そうだったけど、私が座っているテーブルに座っていくつか質問に答えてくれました。

 彼らは2004年ごろから流しの仕事をしてもともと歌が好きでバンドを持っているそうです。二人ともまだ26歳の若者。
 食堂にいる客はたいてい最低でも二千ルピア(*約18円)は払ってくれるそうです。多いときは一万ルピア(*約90円)。でもぜんぜん払ってくれない客もいて、それはまあ運がいいときとか悪いときとかがあるみたいですね。
 でも彼らたちは質問しているときも、ソワソワして落ち着きません。どうしてなのかなーと思ってたら、「僕たちこれで失礼します。他の所で歌うし、またもうすぐ大先輩が来るので」といってサッサと行ってしまいました。大先輩?

 しばらくしてからカーボーイハットを被った彼らよりだいぶ年上の男性がギターを持って入ってきました。Lily-san 25-03
 あーそうか。この先輩の流しに遠慮していたんですね。それともあとが怖いから?縄張り争い?
 このカーボーイは客たちに挨拶してから、さっそく何曲か歌いましたが、全部外国の歌でした。とてもいい声でした。彼にも私のテーブルに座ってインタビューさせてもらいました。彼の名前はヤン・カーボーイ。聞くところによるとちゃんとした職業を持っているそうです。ある音楽学校の教師です。でもどうして?

 二組の双子の父親である彼は音楽教師としての給料じゃとてもやっていけないからという理由です。それだけでなく、彼は何よりも音楽が好きだからだそうです。
 二年前ジャカルタで音楽コンクールに参加したんですが、残念なことに最後で落ちてしまったそうです。
 また彼はインドネシアのポップ音楽などを英語に訳して歌える才能を持っています。今回も何曲か英語に直したインドネシアの流行曲を歌いました。若い客に大いに受けました。

 最後に彼は音声学についての講義もしてくれました。インドネシア人は声がいいし、歌が上手な人が多いけど、それは何か秘密があるみたいです。歌に自信がない私にはちょっとわかりにくい説明で。。。(カラオケではバックに流れるミュージックの音が大きいから、ごまかせるけど)

 ヤンさん、これからもたくさんの人をあなたの歌で楽しませてあげてくださいね。Lily-san 25-04

 


注:*円換算は編集部による加筆

 

著:Lily Fatma (リリー・ファッマ)
 逗子生まれ。父親はインドネシアの北スマトラ出身、母親は日本人で横浜生まれ。小学校と中学校は日本の教育を受け、その間も外交官の父についてインドネシアと日本を往復。高校在学中に在日インドネシア大使館を退職した父について帰国。現在はメダンで高校生、大学生、一般の人に日本語を、そして日本人にはインドネシア語を教えている。

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