(連載)「インドネシアの生活風景」(28)

 (第1話はこちら) <前話><次話

(28)インドネシアにいてインドに接する
                      (Lily Fatma)

 

 北スマトラ州には外からの人種、例えば中国系、アラブ系、オランダ系そしてインド系の民族が多く住んでいます。特にインド系の人たちは三世紀にはすでに商業の目的だけでなく、ヒンズーの教えを広めるためにこちらへ訪れてきました。今回はインドネシアにいてインドに接するというテーマで書いてみました。

180124_shri1 一番最初のヒンズー寺院は1884年、インドのタミール族が建てた、シャリ・マリアマンという寺院です。この寺院はメダンでも中心街にあって、周りにはインド系の人たちによって経営されている商店やレストランが集まっています。
それが理由なのか、寺院とその辺りは以前はカンポン・クリン(カンポンは村、クリンはタミール族の別名で黒い肌の人種)という名称がありましたが、現在はカンポン・マドラスという名に変わりました。

[PR]

180139_shri2  シャリ・マリアマン寺院は世を守る女神の名前で院内にはその女神の像が祭られています。院の周りは高さ二メートル半の神々のレリーフや色々な飾りなど施された壁で囲まれています。
 お参りできる時間は決まっていて、午前六時から十二時まで、それから午後四時から九時までです。院内に入るときは、靴を脱ぎます。募金箱も置いてあり、イスラムのモスクと同じです。

 バリ島もヒンズー教ですが、またちょっと違う雰囲気です。こちらのヒンズー教はスリランカで発達した宗教です。バリでは寺院のことをプラといって、こちらのヒンズー教ではクイルといっています。牛肉を食べないのはどちらも同じです。180202_shri4

 ヒンズー信者が最近減ってきたという話を聞きましたが、その理由はイスラムに改宗する信者が多く、問題となっているそうです。イスラムは家族的な教えまた人間には階級がないことが主だからという理由だそうですが。。。

 インドの人たちは大体において英語が上手でメダンで英語の授業を英語で行う最初の学校を建てました。でもアクセントや発音にインド語の独特のくせがある人が多いですが。。
商売もうまく、メダンで商業が出来る(以前、メダンで商売が上手くいったら、どこ行っても出来るだろうと言われているぐらい難しかったそうです)外からやってきた人種として一目置かれています。2207749

 またメダンの人たち(特に女性層)はインド製の映画が好きな人が多く、美男美女が多いインド映画の俳優たちは人気があります。
 インド系の人たちは中華系の人たちに比べて、数は劣りますが、これからもメダンだけでなく、他の場所でもその商売の素質を発揮して行くことでしょう。

(写真:detik travel)

 

著:Lily Fatma (リリー・ファッマ)
 逗子生まれ。父親はインドネシアの北スマトラ出身、母親は日本人で横浜生まれ。小学校と中学校は日本の教育を受け、その間も外交官の父についてインドネシアと日本を往復。高校在学中に在日インドネシア大使館を退職した父について帰国。現在はメダンで高校生、大学生、一般の人に日本語を、そして日本人にはインドネシア語を教えている。

(連載)「インドネシアの生活風景」(28) はコメントを受け付けていません。

分類 ◇連載:「インドネシアの生活風景」